« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

自分の命を献げるために来た人

何が望みか
(マタイ20:17~28)

親は子どもが立派になってほしいと願います。ゼベダイの子ヤコブとヨハネの母は、イエス様にひれ伏してお願いしました。「何が望みか」とイエス様は言われました。彼女は「王となられたイエス様の右と左に子どもたちを座らせてください」と答えました。息子たちの立身出世が彼女の望みでした。

ゼベダイの子の母の願い、祈りをめぐって12人の弟子たちの間に仲たがいがおこりました。

イエス様は「支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている」のに対して、イエス様に従う者たちは「仕える者・僕になれ」と言われました。

イエス様の使命(ミッション)は仕えるために、罪のとりことなっている人々を解放するために「身代金」として御自分の命を十字架で献げることでした。クリスチャンは、この使命にふさわしく、「仕える」ために生きているのです。

「20080217.mp3」をダウンロード

|

勝利者キリスト

(マタイ4:1-11 創世記2:15-17、3:1-7)

英語で「私の目は胃袋よりも大きい」ということわざがあります。胃は「もうたくさん」と言っているのに目と口が「もっと食べたい」と言うのです。

アダムとエバは「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない」と神様に言われていました。しかし、見ると「その木はいかにもおいしそうで、賢くなるようにそそのかしていた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた」のです。彼らは「目の欲、心の欲、神様と同じになりたい欲」に負けたのです。

人間の内側に住み着いた、必要以上の食欲、目立ちたがる(名誉)欲、人を自分の下に置きたい欲(権力や支配欲)が具体的な罪を生みます。

主イエスはこれらの欲望に打ち勝ち、ついに罪の処罰の場である十字架に御自分を献げることにより、人の世と人の魂に救いと解放をもたらされました。

イエス様は勝利者です。このお方を信じ、つながるとき、新たな人生が始まります。

「20080210.mp3」をダウンロード

|

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »