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逆境に生きる信仰

(ルカ21:1~19)

人生には3つの坂があります。上り坂・下り坂・まさか、です。今日登場する女性は、希望に胸をふくらませて結婚し、幸せな家庭を築いていたのでしょう。しかし、その幸せは長くは続かず、夫は亡くなってしまいました。夫が財産を残してくれていたら、悲しみの中でも安定した暮らしができたでしょう。しかし、彼女には財産もなく、頼ることのできる親族もいなかったのです。「貧しいやもめ」と呼ばれるような辛い毎日が待っていました。

しかし、彼女には聖なるものへのあこがれ、永遠への思い、神への信仰がありました。その信仰をもって、神殿の入り口の献金箱の前までやってきます。神殿の奥には女性は入ることができません。そして、明日を神にゆだねて最善のささげものをしました。

逆境の中でこそ、信仰は試され、鍛えられ、強められます。いま、つらさに耐えて信仰の道を歩んでいる人を、主は守ってくださいます。

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神の訪れを待ち望む

(マラキ3:19~20)

旧約聖書の最後の「マラキ書」は紀元前五百年頃に書かれました。イスラエル民族の、北イスラエル王国は紀元前722年、アッシリア王国に滅ぼされました。南ユダ王国は587年、バビロン王国に滅ぼされ人々は、バビロン捕囚として移住されられました。

民族の滅亡の危機の中で、彼らは「神の民」としての意識を深めました。バビロンがペルシャによって攻撃され滅亡すると、ペルシャ王クロスは539年にユダヤ人を解放し、彼らは故郷エルサレムに帰還し、破壊されていた神殿を再建しました。マラキは、この激変の時代の中で、預言者として、神に忠実に生き続けるように人々に語り、警告し、励まし、慰めを告げました。

社会の公平と正義を保ち、神への信仰と献身が勧められています。そして「わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る」と約束しています。マラキ書は神を待ち望む者の支えと励ましの書です。

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幾千代にも及ぶ慈しみ

(出エジプト34:4~9,ルカ19:1~10)

 外国人が、日本のテレビで毎日のように紳士たちが整列をして深々とお辞儀をする「お詫び会見」を観て、「あれは何かの儀式ですか?」と尋ねました。
 聖書は「神のさばき」を告げています。恐ろしく厳しい感じを受けますが、不正や暴力や搾取が野放しにされると、社会は崩壊します。正当な裁判が行われるのは当然です。
 律法によって自分の罪を示され、悔い改めさせていただけるのは、恵みです。再出発ができるからです。

 徴税人ザアカイは、自分の能力で積み上げてきた財産が不正によるものであることを、内心では悩み苦しんでいました。今さら生き方を変えることも、プライドが許しませんでした。しかし、イエス様にお会いしたことによって、彼の人生は決定的に変化していきました。「救いがこの家を訪れた」のです。ザアカイと家族は「さばき」から「幾千代にも及ぶ慈しみ」の中に入れられ、魂の救いと、自分の能力・賜物を世のため人のために生かす道を、イエス様によっていただいたのです。

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